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水天需 すいてんじゅ

●蜜雲雨降らずの象

みつうんあめふらず

 下卦に乾天上卦に坎水がある。これは雨雲が空を重なり覆っているが雨となって降らない象である。此の蜜雲不雨という語は風天小畜の卦の彖辞であって小畜は、乾下巽上卦である。巽は坎の半分が欠けた象で即ち未だ坎とならないので雨降らずであるが、それが上爻に至ると既に雨降るのである(上爻辞-既に雨降り、既に處(お)る)が此の需卦は元来上卦に坎を配する。坎の雨水は降る可能性はあれど、下卦の乾の陽が之を保っているので、雨となって降ることができない―これ即ち蜜雲雨降らずである。雨は地上の万物に潤いを与えその成育を助けるのであるから、旱天(かんてん:ひでり)のときには人間を始め禽獣草木虫魚に至るまでひたすらに雨の降るのを需(ま)つ―夏の旱天の時の彼の雨を待つことを考えたなら、これ需つことの大いなるものであることがよく解るであろう。又彖伝には『需は須なり、険前に在るなり、剛健にして陥らず、其義困窮せず』とある。これは外卦の坎を大川とし、今、内卦、乾の剛健を以て妄(みだ)りに進み渉ろうとすれば、遂に陥り溺れる惧(おそ)れがあるから、暫く安全に渉れるまで時期を待つべきを示してある。郊に需(ま)つ、沙に需つ、泥に需つの爻辞がそれである。卦の配列即ち序卦では、乾坤の二卦で天地の開闢(かいびゃく:この世のはじまり)を示し、屯卦で國土創成を示し、蒙卦で人類の発生を示し、此の需卦で人類の飲食の道を示している。

●雪中梅綻ぶの意

せっちゅううめほころぶ

 浅春(せんしゅん:春の初め)百花に魁(さきが)けて清らかな花綻ぶるのは梅である。人はその梅綻ぶるを見てやがて待望の春陽(しゅんよう:春の日差し)の訪れの近きを感ずるのであるが、此の需卦は人事占に於いては諸事急に通じ難く時節の到るを待つに利(よろ)しき意あるに依って、即ち雪中梅に綻ぶの語をかけてやがて来る春陽を待つべきを示したのである。