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乾為天 けんいてん

●龍変化を示すの象

りゅうへんかをしめす

 此の乾卦の初爻から上爻に至る六爻の動きを説明した爻辞には、初爻を潜龍とし上爻を亢龍(天高く昇りつめた龍)として、龍が時に應じて行動変化する道筋を示してあるに據(よ)って、龍変化を示すの象と謂ったのである。一体此の龍なるものは、支那の古代人が想像上での神霊的動物としたものであって、麒麟と鳳凰と亀と龍と―この四つを四霊と云い、龍はその内の一つで鱗ある諸虫の長で能(よ)く雲を起こし雨を呼ぶ霊物としてあって、彖伝に「時に六龍乗じて以て天を御す。乾道変化して各々性命を正しくす」と説いてある。

 

 即ち此の乾卦に於いて、人の出処進退を龍になぞらえて教えたのであって、此の卦の六爻は皆陽爻故に、龍に象どってそれぞれ爻辞をかけてあるのである。雲を起こし雨を呼ぶほどの霊物龍でも時運悪ければ深淵に潜んで暫く時機を待つのが安全であると、此の卦の初爻で「潜龍なり用いる勿(なか)れ」と戒め、それから進んで二爻に至ると「見龍田に在り 大人を見るに利(よろ)し」との辞で時運めぐり来た故そろそろ進み出して向上発展の方針を樹(た)てよと教えているのであるが、此の様に六十四卦皆それぞれ、その初爻から二爻、三爻、四爻、五爻、上爻と各その位置立場に順應して進退ともよろしく善処せねばならぬことを示してある。そのことを易卦では「位」と云うのである。だから易は「占」を離れた場合は即ち人の道徳的所世(しょせい:世間で暮らしを立てること)の道を教えているのである。

●萬物資って始まるの意

ばんぶつよってはじまる

 萬物資って始まるとは宇宙間の萬物はあらゆるもの悉(ことごと)く、天の気を受けてはじめてその形体を成すということなのである。彖伝に「大なる哉 乾元萬物資って始む」といって天の気を尊く有難く拝している。この資の字は資本の資-モトの意である。易経文言伝は乾坤二卦の説明であって、乾坤を知れば即ち易経を知ったことになると云われるほどで、此の乾と次の坤とは易の基本であるから従って乾坤の徹底的説明のためには洵(まこと)に数万言を費やしても猶且つ足りることはないであろう。乾は萬物の始めなり。故に天と為し、陽と為し、父と為し、君と為すと易経に曰う。そして亦天尊く地卑しくして乾坤定まる。天に在って象を成し、地に在って形を成し変化現われると曰ってある。